
2002年4月1日入社。早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻修士課程修了(現在の名称:創造理工学部 建築学科)。入社以来、主に人事および新規事業開発の仕事に携わっている。

2001年4月1日入社。東北大学大学院建築学専攻修士課程修了(現在の名称:東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻)。分譲マンション事業に限らず、MIMARU、シェアオフィス、シェアレジデンスの新規事業立ち上げ時にブランディングや仕様確定等に携わる。
「なぜ、観光客はパリを目指すのか」。
ある日、コスモスイニシアの社内で交わされた、そんな問いがありました。一見ホテル事業とは関係のないこの雑談が、27棟のホテルブランドを生み出す出発点になります。
きっかけは、社内での何気ない議論でした。近隣諸国が豊かになった結果、旅行先としてパリを選ぶ人が増えている——「では、アジアの所得水準が上がったら、彼らはどこに行くだろう。きっと日本、京都だろう」。
そんな仮説が立ち上がります。ちょうど民泊が話題になっていた頃で、「日本にも海外から多くの人が来る時代が来る。彼らが満足できるホテルを作ろう」という話に発展しました。当時のコスモスイニシアは、年間100本ほどの新規事業アイデアを考えていたといいます。その中で「これだ」と確信できた一つが、のちのアパートメントホテル「MIMARU」でした。
ただ、普通のホテルを作っても、既存のビジネスホテルとの競争には勝てない。そう考えた遠藤氏たちは、発想を逆転させます。
「レストランも大浴場もないホテル」を考えたのです。当時の日本には、家族連れで泊まれるホテルが驚くほど少なかった。個人旅行が増えれば、家族での滞在ニーズも必ず高まる。そう読んで、4名以上で泊まれるアパートメントホテルという形にたどり着きました。強みは土地の仕入れです。ホテルとしては比較的小さな土地を狙えるため、競合は他のホテルではなく、賃貸マンションを建てるデベロッパー。この見立てが、2016年の立ち上げから27棟へという急拡大を支えました。

なぜ、こうも次々と事業が生まれるのか。木下氏は、仕事そのものの構造に理由があると見ています。
不動産デベロッパーの仕事は、毎回ゼロから企画を考え、人を説得し、何十億円というお金を動かして2〜3年で回収する。「事業を創る、会社を創り運営するという行為に、非常に近いのだと思います」。この「投資と回収」の連続が、社員に自然と起業家の感覚を育てる。実際、独立や起業を理由に退職する社員を、会社として応援する制度もあるといいます。リクルート由来の「誰にでも等しく機会を与える」文化も、その土壌になっています。
遠藤氏は、建築と不動産の両方の視点を持つことの面白さを語ります。デベロッパーは「住む人の変化に合わせて間取りを変えられる」といったユーザー目線の企画力を持ち、設計事務所は技術の専門知識を持つ。「両方が分かると、建築はもっと色々なことができると実感する」。言われた通りに図面を引くのではなく、新しい素材や工法を能動的に提案してくれる設計者との仕事は、純粋に楽しいのだと。
建築と不動産、作品とビジネス。その境界を越えた先に、まだ誰も見ていない都市の姿があります。あなたなら、どちらの視点から街を構想してみたいでしょうか。
本記事のより詳しいインタビュー内容は、ARCHIES Vol.5でお読みいただけます。

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