建築家の青木淳と美術家のリチャード・タトルが対話を重ねて実現する展覧会「ほぼ、空」では、まるで空を見上げるように上を眺めることが促されます。
「そら」でもあり「くう」でもある「空」は、なにもない空虚ではなく、光や影、大気に満ちた、微細な変化に富む場です。青木にとって建築とは“空気”であり、人それぞれが持つ異なる価値観や速度を許容する自由な空間をつくることだといいます。タトルにとって美術作品とは“光”であり、ある瞬間に捉えた真実、美しさ、充足感を他者と分かち合う媒体だといいます。“空気”と“光” ─ 世界を満たす現象にも喩えられる建築と美術の融合は、豊かな余白を孕んだ空間を生み出します。
建造物に見えるものは機能を持たず、鮮やかな色彩は大気に揺らいで、すべては流動的です。具体的な意味に縛られることのないその空間で、来場者の視線は溢れるほどの情報から切り離されて、私たちが見る前からそこにあった世界の姿を改めて見直すでしょう。

建築のあり方をあらかじめ定められた機能や形式に閉じ込めず、空間、身体、出来事の関係をそのつど組み替えてきた青木淳の建築と、絵画でも彫刻でもレリーフでもドローイングでもあるようなタトルの作品には、既存の枠組みを軽やかに超えてゆく共通性があります。本展は、建築家が美術家の展覧会の会場構成を行うのではなく、建築家・青木淳と美術家・リチャード・タトルの2人のコラボレーションにより展開します。両者の対話から生まれるのは、建築でも美術でもあり、またそのどちらでもないような展示です。建築を“空気”にたとえる青木と、作品を“光”にたとえるタトルの、確かに感じることができる現象が重なり合うことで、空間と知覚とのあいだに新たな関係が立ち上がるでしょう。

タトルは、今回の青木とのコラボレーションに際し、ボイド管や断熱材、PCシートなどの建材を用いた柱のような構造物、木々の葉のうえにカタツムリが載ったバスケット、色とりどりの色薄紙でできた帯の、自然の象徴のような3つのエレメントを考案しました。青木は、過去に東京オペラシティアートギャラリーで開催した展覧会で使用された台座を再利用して、什器や椅子、照明などを制作し、展示室に配置します。3つのエレメントと、台座をもとにしたユニットという限られた要素だけで構成される空間には、それらの配置や組み合わせ、光と陰翳との関係によって、さまざまな空間が立ち現れます。

東京オペラシティアートギャラリーは、下階に企画展示室、上階に収蔵品展および若手の平面作家を紹介するproject Nの展示室があり、アートギャラリーエントランス付近にミュージアムショップ「Gallery 5」があります。本展では、青木の提案により、それぞれ独立した機能を持っているかに見える場を、ゆるやかに繋がるひとつの空間に変えます。普段上階で行っている寺田コレクションを青木の選定により下階で展示し、ミュージアムショップをアートギャラリー内のコリドールに移動して、代わりにミュージアムショップは青木とタトルの展示室になります。展示室内に移設されたミュージアムショップでは、青木とタトルによる選書をはじめ、この展覧会のためにデザインされたジュエリーやグッズを扱います。それらは展覧会の境界を拡散し、作品のエレメントが人々の生活のなかに入り込んで行きます。
「ほぼ、空」というタイトルの通り、本展では作品に導かれてななめ上を見上げることが促されます。日々の暮らしのなかで、私たちはスマートフォンを見たり本を読んだりするなどして、多くの時間を下を向いて過ごしています。しかし本展では、上方を眺めることで溢れるほどの情報から逃れると同時に、その下に空間が生まれていることに思い当たります。青木は、美術館とは「そこに人が過ごすことで思いがけない出来事や関係が生まれてくる、かたちを定め切らない母体のような空間」であり、「心がふーっと浮かぶような」場であるといいます。またタトルは、「アーティストとしての私の仕事は、この自由を獲得し、与えること」であり、「人々が安心できるような空間をつくりたい」と語っています。本展は、訪れた人々がそこで微細な変化に意識を向け、各々の時間を過ごすことのできる、美術館という空間の可能性をめぐる実験でもあります。
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